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経歴

スタジオが現在に至るまで

1993年9月に岡崎教室を開設以来、毎年発表会を重ね、20数名で始まった教室は現在180名ほどになります。

1992年6月より教室の前進となる活動を星ケ丘P&Sにて開設し、主にフィギュアスケーターへのバレエ指導の後、1998年に一社教室に移転しました。
その年の11月に第1回の発表会を名古屋名東文化小劇場にて開催しました。
岡崎教室では、毎年発表会を重ね、今後ともより多くの素敵なダンサーをステージに羽ばたかせるのが、スタジオの目標です。

一社教室は2005年6月をもちまして閉鎖致しました。
現在では、岡崎スタジオ以外でのレッスンも開催しております。

私のバレエ人生

三輪桂子
幼少より名古屋の佐々智恵子バレエ研究所にてクラッシックレッスンを始める。 そこで、毎年1回の発表会の他数々の舞台経験を積む。子供向けの作品『青い鳥』では、チルチルの役「ミチル」に抜擢され、10才にて大役をつとめる。 数年後は、『くるみ割り人形』のクララ役もつとめる。 その後、佐々智恵子バレエ団にて舞台活動を行う。

古典作品では、『眠れる森の美女』のオーロラ姫、『白鳥の湖』の黒鳥、『海賊』のメドーラ、『パキータ』のプリマ、『ジゼル』のペザントなど数多くの作品を踊りこなした。 また、創作作品にも力を入れていたバレエ団公演ではプリマやソリスト等で活躍した。

1991年春退団後、渡英。 そこでクラッシックバレエだけではなく当時より話題になっていたコンテンポラリーのリモン、グラハムテクニックなどを身につける。 マイケル・クラーク、ジル・クラーク、ポール・ダグラス等にも師事。 帰国後日本にて、アメリカサンフランシスコシティバレエスクールの主催するWorkshopに’93より毎年参加。 以来、主宰のダマラ・ベネット女史に師事。

数々のバランチン作品を学び、また1996年、1998年に渡米。サンフランシスコシティバレエスクールに生徒と赴いた際には、同スクールパフォーマンスにも参加、『コンチェルト・バロッコ』の他、コンテンポラリー作品でも好評を得た。 日本国内でもアメリカよりアンビンエイリーのホートンテクニックを身につけるたRAY・TADIOのワークショップにも参加したり、『PRIX DE LANSANNE OPERATION IN JAPAN』の主催するバレエセミナーに参加、ヤン・ヌイッツ(JAN・NUYTS)、サニュエル・ウルシュテン(SAMUEL・WUERSTEN)等のクラスを受け精力的に活動する。

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